人生のかわし方

サンクスギビングの思い出【アメリカ生活】

サンクスキビング

妻から電話があった。
仕事が終わるのが遅れると少し不機嫌に言った。
今夜は妻の同僚の家でサンクスギビングのパーティーがあるのだ。
彼女はそれを楽しみにしていた。

僕は冷蔵庫からサンクスギビングの為に作ったドイツ式のポテト・サラダを出して待っていた。 少し室温に戻して置いた方が美味しく食べられるからだ。

夕方5時過ぎに妻は家に帰ってきた。
妻は家に入ってもダウン・ジャケットを脱がなかった。パーティーに行きたくてたまらないようだ。
僕もジャケットを羽織って、車の鍵を手に取り、家を出た。

外はもう真っ暗だった。
車の鍵を開けて乗り込んだ。
先日起こした事故のせいで助手席のドアが開かない。
妻も運転手側のドアから助手席に乗り込む。

アメリカの田舎町の住宅街の道路に外灯はほとんどない。
真っ暗な道をゆっくり走る。
車には濃いスモークが貼られていて、視界がとても悪い。
視力の悪い深海魚にでもなった気分だ。気を付けながら目的地に向かう。

GPSを使って、教えられた住所に行ったが、家らしきものがなかった。
車を近所に停めて、歩いて探すことにした。
僕はポテト・サラダの鍋を抱えて外に出た。外の気温はほとんど氷点下でとても寒かった。

白い息を吐きながら妻と歩道を歩いていると、同じく鍋を抱えた女の人に会った。
彼女から話かけてきたのか、僕の妻から話かけたのかは覚えていないが、僕たちは同じ家を探していた。
どこの国かは判断できなかったが、彼女も外国人だった。そして同じく、彼女も道に迷っていた。

グーグルマップで住所を入力すると、表示されるのが今いる場所だ。
僕の妻が同僚に電話をし、家の場所を教えてもらった。
現在いる場所よりも少し先に家があるらしい。
道に迷っていた女性の車に乗って、一緒にホスト宅へ向かった。

少し迷ったがなんとか辿り着くことができた。
ドライブウェイには車が5、6台停まっていた。
さすがにもう見慣れてはいるが、アメリカの家はやはり大きい。

ホストの女性が迎えてくれた。
周りの人と軽く自己紹介をした。
妻の同僚主催のパーティーだから参加者はほとんど研究者だった。
自己紹介の次には、何を研究しているのかと聞かれた。
「いいえ、僕は昆虫学者ではありません。」そんなようなことを何度も言った。
こういう時に無職だと、少し言葉に迷う。
仕事は多くの時間を費やすだけあって、職業は大きなアイデンティティーになる。

キッチンに入ると巨大なターキーが三匹、美味しそうに料理されていた。
キッチンの左手には長方形の長いテーブルが3つ繋げられていた。
その空間をなんて呼べばいいのか分からないが、キッチンから細長く部屋が伸びている。 20人くらいは平気で座ることが出来る。

ビュッフェ形式で好きな食べ物を皿によそう。
サラダや手作りのパンにスタッフィング、そして見たことのない料理を少しづつ皿載せる。
キッチンに移動し、ターキーとクランベリー・ソースをもらう。

適当に空いている席に着いて、周りの人と話しながら食べる。
ターキーはとても美味しかった。
クランベリー・ソースやグルービー・ソースで味を変えながら食べるといくらでも食べられる。
最初に食べた時は、肉にジャムを付けるのはなんだか変な感じがした。
しかし慣れるとクランベリー・ソースとターキーはとても相性が良くてクセになる。
日本にいた時はほとんど食べたことなかったが、ターキーはアメリカでは定番の食材でどこでも手に入る。

食事の後にはデザートもあった。
ブルーベリー・タルトや正体不明のタルト、カップ・ケーキなどたくさんのケーキが用意されていた。
僕はブルーベリー・タルトにアイス・クリームを載せて頂いた。
普段はある程度摂生しているがこういう機会には、好きなだけ食べる事にしている。

みんなたらふく食べたあとはゲームをした。
紙にサンクスギビングに関する言葉を書き、横の人がそれを絵にする、そしてその横の人がまた言葉にする。言葉・絵を交互にした伝言ゲームのようなものだ。

パーティーに参加している人はみんな良い人だった。
みんな落ち着きがあって、明るくて、思いやりがあった。
リラックスして親密さのある良いパーティーだった。
アメリカの文化に少し触れることができた良い夜だった。